9月

あと一週間ほどで9月。
ちょっと重い話だけど、一応書き留めておこうと思う。

実は去年の9月 実母が亡くなりました。82歳。
突然 日本の姉からFaceTimeで母が老人ホームで急に倒れたと連絡がアメリカ時間の朝ありました。

その2、3日前に 母が週末帰ってきた時にこれまたFaceTimeで久しぶりに長く話したのです。認知症だったので、「◯◯のこと覚えてる?」と私の名前を聞いたら、珍しく「聞いたことある」といってくれてたのです。

本当に久しぶりに長く楽しく会話して、ヨタヨタだけどしっかり自分で立って歩いてた姿もみれたので安心していた矢先でした。

その日のうちにチケットを取って、午後には出発しました。空港には兄が迎えに来てくれていて、そのまま病院へ。

集中治療室にいて、もう意識はありませんでした。不思議と涙はでず 母のベッドの横で不安そうな姉がいて 夢の中の出来事のようでした。

昔から、こういう場所では涙を見せてはいけないという自分がいて、強がってたのかもしてません。

毎日姉と病院へ通い、兄も仕事が終わると病院へ来て 叔父や叔母もお見舞いに来て、みんながお互いに優しくて、自分の家族もこんなに人を思いやる気持ちがあったのだと感じました。

母は生前、「みんなが仲良く生きていく」というのがいつも理想で、揉め事が嫌いな人でした。私たちが兄弟げんかをすると間に入って、一生懸命仲直りをさせたり、面白いことをいって気分を会えさせたり、そういう母でした。

私が思春期の頃は母とよくケンカもして、本当に後悔してます。大人になっても実家にはあまり帰らず 色々と心配かけたり、親不孝ばかりしてました。

母が亡くなった時は、子供の時以来初めて兄弟の前で泣いてしまいました。

たくさんの方たちが、あいさつに来てくださって思い出話をたくさんして、母が定年近くまで働いていたことで、当時の上司、仕事仲間が来てくださって、母の大きさもわかり、仕事を一生懸命していた母の姿があったからこそ、こうして、母と同じように子供がうまれても私も仕事をすることを続けているのかもしれないと思いました。

母が逝ってから、もう一年。
あの時から毎日母に対してもっと一緒に過ごせばよかったと後悔ばかりしています。

姉は「結婚して、子どもを産んだことも親孝行なのよ」と言ってくれて、それだけが救いです。

母が亡くなって、兄や、姉とゆっくり話す時間が取れて、今は母が望んでいた「兄弟仲良く」という母の願いは叶えられ 母の子育ては、大成功なのだと思います。

兄弟の誰もが、人を頼らず、だけど誰かが苦しんでいる時は見返りを期待せずに自分のできる範囲で助けられる そういう気持ちを持っていることがわかりました。

母から学んだ生き方 子育ては、それが同じようにできるかどうかはわからないけど、自分にもできればいいなと思います。

9月には1周忌で1週間だけ日本へ帰国予定です。

それまで頑張らなくては。



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by kariforest | 2015-08-25 12:50